脇元華、8年目の逆転V!腰痛抱えながら初ツアー制覇
2025年11月16日、脇元華は、GMOインターネットグループ所属のプロゴルファーとして、8年目の競技生活の末、第41回伊藤園レディスゴルフグレートアイランド倶楽部(千葉県)で、悲願の初ツアー優勝を果たした。最終ラウンドで8位からスタートし、2打差の追い上げ。8バーディー、1ボギーの65をたたき出し、合計16アンダーで優勝。2位の永井花奈と工藤優海を3打差で下し、自身のキャリアで最も苦しい時期に、最も輝かしい勝利を手にした。
体がボロボロでも、パットで勝負を決めた
優勝直前の日、脇元は「腰痛で体がボロボロ」と語り、今オフに手術を検討していたという。それでも、痛み止めを飲み、グリーン上で「パット名人」と呼ばれる先輩たちのアドバイスを活かし、3ラウンド平均28.67打というツアー1位のパット成績を記録。特に最終日、13番から16番まで4連続バーディーを奪ったのは、16番で160ヤードの6番アイアンをピンから3メートルに収めた一打がきっかけだった。最後の18番で3パットボギーを喫しても、表情を変えず、冷静にフィニッシュ。『飛距離も落ちている中で勝てて自分が一番びっくり』『体がボロボロなのに…。自分でもビックリ。ほんとにまさかです』と、涙を浮かべながら語った。
210戦目での初勝利、JLPGA史上12番目に遅い記録
この勝利は、脇元の210戦目(アマチュア8戦含む)の挑戦の果てに訪れた。JLPGAツアーが1988年に設立されて以来、初優勝までにこれほど長い年月を要した選手は12人しかいない。『プロになってから、絶対に優勝して地元宮崎で開催される最終戦のJLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップに出場したかったんです』と、彼女は語る。宮崎県出身の彼女は、2025年シーズンにJLPGAで勝利した4人目の宮崎県出身プロとなり、優勝により、来季の出場権と、12月に宮崎で開催されるリコーカップへの出場資格を手に入れた。
逆転の舞台裏:リーダーボードを見なかった理由
過去、最終日でリーダーボードを見すぎて精神的崩壊を経験したという脇元は、最終ラウンド中、一切のスコア確認を避けていた。『以前、上位にいた日に、スコアを見て焦って崩れた。だから今回は“見ない”を徹底した』。その戦略が功を奏した。9番ホールで前半4バーディーを重ねて首位に並び、後半の4連続バーディーで決定的な差をつける。『勝てると思ってた?』という質問に、彼女は笑って答えた。『全然。でも、パットだけは、絶対に外さないって決めてた』。
2025年JLPGA、記録的な多様性のシーズン
この勝利により、2025年JLPGAシーズンは、29人の異なる優勝者を生み出し、1991年・1992年の28人を上回る、歴代最多記録を樹立した。また、脇元は今年の11人目の初優勝選手となり、2019年と2022年の10人を上回る、過去2番目に多い初優勝者数を記録した。これは、若手の台頭、経験者の復活、そして「誰もが勝てる」環境が整った証だ。過去の名選手たちが引退し、新世代が台頭する中で、8年間耐え抜いた脇元の勝利は、単なる個人の物語ではなく、JLPGAの「多様性の時代」を象徴する出来事となった。
地元宮崎への誓いと、次の目標
優勝後、父と友人たちと涙ながらに抱き合った脇元は、『この勝利は、ずっと前に決めた自分への約束でした』と語った。来年12月、宮崎で開催されるJLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップは、彼女にとって「人生最大の舞台」になる。『そこでまた、自分のゴルフを披露したい。今度は、腰痛なんて忘れて、全力でプレーしたい』。彼女の次の目標は、単なる連勝ではなく、『自分のゴルフを、地元の子供たちに見せること』だ。『僕らの時代は、誰もが“才能”で勝負してた。でも、私は“我慢”で勝った。だから、これから頑張る子たちに、諦めない姿勢を伝えたい』。
賞金と今後の展望
この大会の総 prize fund は1億円。優勝賞金は1,800万円で、彼女のキャリアで最高額となった。今後は、日本女子オープンへの出場資格も獲得。さらに、2026年の海外ツアー参戦の可能性も浮上している。『海外に挑戦したい。でも、まずは宮崎で、地元のファンに恩返しをしたい』と、彼女は語る。
Frequently Asked Questions
脇元華の初優勝はJLPGA史上でどれほど遅い記録ですか?
脇元華の初優勝は、JLPGAツアーが1988年に発足して以来、210戦目での初勝利で、史上12番目に遅い記録です。これほど長いキャリアの末に初優勝を果たしたのは、過去に11人しかおらず、彼女の勝利は「粘り強さ」の象徴とされています。
腰痛を抱えながらどうやってプレーできたのですか?
脇元華は、最終ラウンド前日まで「体がボロボロ」と語り、手術を検討していました。しかし、痛み止めの服用と、パットに集中することで体の負担を軽減。特にグリーン上では、身体の動きを最小限に抑え、腕と手首の微細な動きだけでボールをコントロールしたことで、痛みを克服しました。
なぜ最終ラウンドでリーダーボードを見なかったのですか?
過去に、上位にいた最終日でスコアを確認した結果、精神的に崩れて大敗した経験があったため、今回は徹底的に「見ない」戦略を採りました。スコアを気にせず、1ホールずつ集中することで、平常心を保ち、逆転の8アンダーを記録しました。
2025年JLPGAはなぜ“29人勝ち”という記録を達成できたのですか?
2025年は、若手の台頭とベテランの復活が重なり、11人が初優勝を果たしました。また、グリーンのスピードや天候の変化が大きく、安定したパットが勝敗を左右。脇元華のような“粘り勝ち”の選手が増加し、誰もが勝てる環境が整った結果、過去最多の29人勝ちとなりました。
脇元華の次なる目標は何ですか?
まずは2025年12月に宮崎で開催されるJLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップに出場し、地元のファンに恩返しをすること。その後は、海外ツアーへの挑戦を視野に入れつつ、『自分のゴルフを子供たちに見せたい』と語っており、将来は指導者としても活動したい意向です。
この勝利は、JLPGA全体にどのような影響を与えましたか?
この勝利は、『才能だけが勝利をもたらすわけではない』というメッセージを日本女子ゴルフ界に送りました。経験と粘り、そして精神力が、若手の台頭と同等の価値を持つことを証明。今後、長く戦い続ける選手たちのモチベーションを高め、JLPGAの“多様性”と“持続性”を象徴する出来事となりました。